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ブログネタ:【賞品付き】あなたの”どうでもいい過去”を教えて!
私は退職後61歳から受験勉強して、京都のある私立大学大学院修士課程に入学しました。私は大学では経済学を勉強しましたので、大学院では文学か政治学を学びたかったのです。定員17名のうち、男性は3名、他は全部女性でした。おじいちゃんは私一人、おばさん方が3名、他はみな22歳から24歳の女性でした。
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2010/12/04 13:28 |
おわりに
私は4月4日(月曜日)、午前中のヴァンクーヴァー観光を終えて空港に駆け付けた。カナダは旅行客がカナダ国内での買い物に支払った消費税を帰国時に申請すれば後刻返却してくれることを教えてもらっていたので、まずその手続きをしてから、免税店や土産物店をちょっと見て回った。この空港ではいろいろと加工した鮭の製品を売っている店が多く、日本人観光客が競うように買っていた。その光景はどの国民が眺めても、日本人は鮭が特に好きな民族だなあと思ってしまうかのようだった。
私の2度にわたるカナダ北西部、ユーコ...
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2010/09/19 15:20 |
第17章 4月3日(日曜日)、帰途につく
朝からディック・ノース氏が写真家(Photographer)を連れてやってきた。前日会った時、チルクート・パスが見られなかったので自分で撮影した写真がなく、ネガフィルムを譲ってくれる人があればありがたいのだがと言っておいたからだった。しかし、ネガ1枚1,000USドルと切り出されて困ってしまった。麓から頂上まで十数枚買えば100万円以上かかる。私は高いからあきらめると云うと、じゃあ1枚300ドルでどうかとえらく値引きをするので、考えて返事すると云って帰ってもらった。
一度帰ったノース...
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2010/09/11 16:07 |
ー一日の休暇ー
4月2日(土曜日)
3月24日、関西空港、成田空港、ヴァンクーヴァー空港と乗り継いでホワイトホース国際空港に到着して以来、ホワイトホースとドーソン・シティーを往復し、その翌日は国境を越えてアラスカ州のスキャグウェイまで往復して9日めの昨日の夕刻、一人ホテルの部屋でくつろいでいるとさすがに疲労を感じてベッドにばったりといった感じで横になると、翌朝になってもなかなか起き上がる気にならなかった。
なんとかホテルで朝食を済ませ、外に出ると空気がおいしかった。天気は快晴で温かいうえに...
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2010/09/11 16:05 |
第16章 ホワイト・パス頂上を越えてスキャグウェイへ
4月1日(金曜日)
ホワイトホースに到着した翌日の3月25日、勢い込んでチルクート・パスを上から見るべくヘリで飛んだが、太平洋岸からの気流があまりに強く、墜落しそうになってほうほうの体で引き返したことは以前述べた。ところがその日からスティール博士は捲土重来を期していたのである。すなわち太平洋岸のスキャグウェイから内陸側に逆に飛んでみることだった。そのため私に旅行日程をそのように変更するよう説得し、スキャグウェイのヘリコプター会社にも予約を入れておいた。博士は夫人も同行させてスキャグウ...
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2010/09/11 16:03 |
第15章 ホワイトホースへ戻る
3月31日(木曜日)
朝6時、ドーソン・シティーを出発。ホワイトホースへの帰途、スティール博士はなぜかいやに急いでいた。確か彼は今もなお週に一度か二度は診療所で非常勤の医師をしていると云っていたはずだった。しかし私が24日(木)にホワイトホース国際空港に降り立った時から、土日も入れてまるまる1週間つきあってくれたのだからその間誰か代診をしてもらっているに違いなかった。
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2010/09/11 16:00 |
ーサルファー・クリークでの恐怖ー
「さあ、金を掘っているところを見に行こう」、と博士は勢い込んで云った。
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2010/09/11 15:57 |
ー「白い沈黙」の世界ー
犬ぞり体験が終わって昼食を食べている時、博士はいつになく機嫌がよかった。久しぶりの犬ぞりを大いに楽しんだらしかった。
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2010/09/11 15:55 |
ー犬ぞりに乗るー
3月30日(水曜日)
昨朝行ったのと同じ喫茶店に行って待っていると犬ぞり用の中型トラックが2台到着するのが窓越しに見えた。トラックの荷台いっぱいに木製の箱のようなものがしつらえられていて、箱の左右下の方に15センチ平方ぐらいの四角い穴が5、6個開いていてその穴からハスキー犬が顔を出していた。
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2010/09/11 15:52 |
第14章 春まだ浅いドーソン・シティーとその周辺
3月29日(火曜日)
4月を目前にしていても、ドーソン・シティーはまだ半分眠っているかのように、開業しているホテル2軒(ダウンタウウン・ホテルとエルドラド・ホテル)、喫茶店、土産物屋(金のナゲット中心)、雑貨屋、理髪店、古書店などが各1軒、そしてバー(ホテル付属のを含めて)5軒といった状況である。観光客らしい人は見かけないし、市内の大通りにも人影はほとんど無い。気温は昼間は−10℃ぐらいだが、夜間になると−20℃になるから、夏場のようにキャンピングカーで来るにはちょっと早すぎるからであろう...
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2010/09/11 15:50 |
ーツームストーン山から北西準州の山々を眺めるー
2年前の夏に来た時、ツームストーン山をデンプスター・ハイウェイ(Dempster Highway)上から遠望したことはあった。デンプスター・ハイウェイはドーソン・シティーからクロンダイク・ハイウェイを38q戻った所から発して北北東へ、北西準州のイヌーヴィク(Inuvik, North West Territories) まで延々726qの未舗装の悪路であるが、出発点からほんの70qほど行ったところから左手にツームストーン連山の山並みが見えてくる。その中の最高峰(2,193m)が墓石のように切り...
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2010/09/11 15:47 |
ーヘンダーソン・クリーク左分岐点の払い下げ請求地付近ー
次はジャック・ロンドンの小屋があったヘンダーソン・クリーク左分岐点(現在は、「ノース・ヘンダーソン・クリーク」-"North Henderson Creek"-)の払い下げ請求地付近に着陸する予定になっていた。 ヘンダーソン・クリーク(Henderson Creek)はスチュアート島の北端に河口を開いている。ロバート・ヘンダーソンは1897年6月、そのクリークで金を発見し、そこを「ディスカバリー・クレイム」("the Discovery Claim")と名付けて、払い下げ請求地に杭(Stak...
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2010/09/11 15:45 |
ースチュアート島のわな猟師ー
ヘリは航空機のように長い滑走路も要らないしかさばらないし、航空機ほどでなくてもかなりスピードも出るし空中にとどまることさえできる便利な乗り物である。私は触ったこともない素人なので手伝うのを遠慮していたが、パイロットと博士が格納庫から出し入れしている様子を見ていると、総重量はわりあい軽くて普通車ぐらいのものじゃないかと思った。それにしてもエンジン音だけはやけに大きくて、ヘッドフォンなしではどなってみても互いの会話は通じない。パイロットはユーコン川の氷上を旋回しながら博士と着地点を探しているのがヘ...
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2010/09/11 15:42 |
ースチュアート川とスチュアート島ー
へりはドーソン・シティーへは向かわないで、ゴールド・ラッシュに沸いたクロンダイク金鉱地帯の上を通ってユーコン川の本流へと直行した。
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2010/09/11 15:40 |
第13章 ドーソン・シティーからヘリでユーコン川上流へ
3月28日(月曜日)
今日はドーソン・シティーからのヘリコプターでの調査飛行の日だ。ホワイトホースでと同様再びヘリを使ったのは、車で走ってきたクロンダイク・ハイウェイからはファイブ・フィンガー・ラピッヅからドーソン・シティーに至るまでの長い距離の間ユーコン川が見えなかったので、ユーコン準州内で一番川幅の広い部分だけでも安全でしかも短時間で見ておきたかったからである。そのためにはせめてスチュアート川(Stewart River)やホワイト川(White River)まで飛ばねばならなかった。...
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2010/09/11 15:37 |
ー凍結したユーコン川ー
3月27日(日曜日)
ユーコン川とドーソン・シティーのダウンタウンの間には広い河畔があり、かつて運行されていた「後部外輪船キノウ」号("Sternwheeler Keno")や豪華蒸気船「ユーコン・クィーン」号("Yukon Queen")が雪をかぶったまま置かれており、フロント・ストリートともファースト・アベニューとも呼ばれているユーコン川に一番近い通りの周囲2、3区画だけは人通りもかなりあって、雲一つ無い青空の下春めいたざわめきがあった。
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2010/09/11 15:34 |
ードーソン・シティー再訪ー
ドーソン・シティーに入る37.7q手前から、ハイウェイはクロンダイク川(Klondike River)に沿って走り、ゴールド・ラッシュの起点となったハンカー・クリーク(Hunker Creek)、ベア・クリーク(Bear Creek),そしてボナンザ・クリーク(Bonanza Creek)に通じる道路の出発点を左に見ながら、ドーソン・シティーの直前でクロンダイク川の鉄橋を渡って右に曲がるとそこはもうドーソン・シティーのメイン・ストリート「五番街」(Fifth Avenue)である。
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2010/09/11 15:17 |
ー焚き火ー
クロンダイク・ゴールド・ラッシュの中心地、ドーソン・シティーに入る約180q手前にあるスチュアート・クロッシングStewart Crossing) の周辺では、夏にロッジやキャンプ場やガソリン・スタンドで観光客の姿が散見されたが、春まだ浅いこの時期のせいか人っ子一人いなかった。そこから程なく右側に「シルバー・トレイル」("Silver Trail")という道路が延びており、53q北東ところにメイヨ(Mayo)という先住民の集落があって、周辺には最近まで百年以上掘り続けられていた豊富な銀鉱山があ...
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2010/09/11 15:15 |
第12章 再びクロンダイク・ハイウェイをドーソン・シティーへ
3月26日(土曜日)
前夜疲れていたので7時には寝付いてしまったので、早朝3時に目が覚めてしまった。もしかしてオーロラが見えないかと窓際に椅子を持ってきて、夜が明けるまで空を見上げていたが無駄だった。しかしハイ・カントリー・インから夏に泊まったエッジ・ウオーター・ホテルに移った翌朝なので、なじみのレストランで朝食をとるのが楽しみだった。私は現在タバコは止めているが、当時はまだ吸っていたので、タバコが自由に吸えるレストランはありがたかった。現在ではカナダ全土でレストランでは禁煙になっているが...
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2010/09/11 15:12 |
ーチルクート峠上での危険ー
ヘリは雪煙を上げてベネット湖を発ち、かなり細長いリンダマン湖からほんの小さい湖、ディープ湖とロング湖の上へと飛行を続けた。長大なベネット湖の北端からほとんど一直線である。両側の雪の被った山々の間に白く光る湖が連なっている風景は絵のように美しくて、観光旅行をしている気持で楽しんでいた。
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2010/09/11 15:09 |